東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)129号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願実用新案の要旨及び本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであること並びに本件審決認定の(1)の事実が本願出願前周知であつたこと及び引用公報に本件審決認定のとおりの記載があることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件審決は、原告主張の点において判断を誤つたものである旨主張するが、これを認めるに足る資料はなく、原告が本訴において、本件審決の取消事由として主張するところは、理由がないものといわざるをえない。すなわち、いずれも当事者間に争いのない(1)中央に一個、その周囲に六個、さらにその周囲に十二個の素線を配置してなる面接触撚ストランド鋼索が本願出願前周知であつた事実並びに(2)前記引用公報における審決認定の各記載を総合し、これに、(3)ストランドの材質は、ストランドそのものの用途に応じ、各当業者の適宜選択しうる範囲を出るものでないことは、のちに説示するとおり、見易いところである事実を参酌し、これを当事者間に争いのない本願実用新案の要旨と対比考量すると、本願実用新案は、本件審決が挙示した各事実から当業者の容易に推考しうる程度のものであると認めるのが相当であり、この認定を左右するに足る的確な証拠はない。
原告は、この点に関し、まず、本願考案と従来周知のストランドとは、構造、用途を異にし、物品として別異のものである旨主張するが、両者の間に在する原告主張の程度の差異は、被告も指摘する事実(この事実は本件口頭弁論の全趣旨から容易に窺い知ることができる)に徴すれば、いささかも前認定を左右するに足りないものであることは、多くの説明を用いるまでもなく明らかなところである。
また、原告は、前記引用公報第二図イのものは、本願実用新案のように、全長を通じて面接触しているものでない旨主張し、さらには、右第二図イのものは、その発明の詳細なる説明の項記載の方法により得られるというのは誤りであるとも主張するが、その主張するような事実の有無は、本願実用新案にかかるストランド鋼索の構造が、右第二図イの図面そのものから(換言すれば、それが全長についてどうなつているか、あるいは、如何にして製作されたかとは無関係に)当業者が容易に推考しうるものであるとした本件審決の認定にいささかの消長を及ぼしうべきものではないから、これらの主張は、本件審決の取消事由としては全く考慮に値しないものといわざるをえない。
また、原告は、前記引用公報記載のものは、本願実用新案のものと各層の境界線の形状、撚方向、ピツチを異にし、ストランド各部における断面が相違するものであるから、前者から後者を製作できるとすることは誤りである旨非難するが、両者が二層の境界線の形状、各層の撚方向、ピツチにおいて異なるところがあるとしても、その製作技術の点はともかくとして、前者の構造から後者のそれを推考することは、当業者にとつて容易になしうるところと認めるを相当とすることは、両者の構造に徴し明らかというべきであり、原告の右主張は、本願の考案がストランド鋼索の構造(製作方法ではない)にかかるものであることを無視看過した議論といわざるをえない。
さらに原告は、前記引用公報記載のものと本願実用新案のものとは、その材質の相違から物品として別異のものとなり、ひいて製造技術、設備、業界を異にするから、材質は、その用途により当業者の適宜選択できることではない旨主張するが、両者が共にストランド(撚線)であることを考慮すれば、それぞれの製造技術、設備、取扱業界などが全く同一ではないとしても、当業者が、これを使用せんとする目的、用途に応じ、適宜の材質を選択するであろうことは、まことに見易いところといわざるをえない。原告の右主張は、物品としての相違に捕われ、当業者の容易に推考しうる範囲を不当に狭く解そうとするものであり、もとより採用しうべき限りではない。またさらに、本願出願前何人も本願実用新案のストランド鋼索と同様のものを製作販売した事実がないから本願考案をもつて、前記引用公報の記載等から当業者の容易に考えうるものであるとしたことを不当とする主張に至つては、論理性に欠けること甚だしいものといわざるをえない。けだし、かつて何人も実施した事実のない考案でも登録に値しないものが少なくないことは吾人の社会経験に徴し明らかなところであるばかりでなく、本件審決は、そのような事実を問題にすることなく、その考案の内容それ自体を審査考察して、本願実用新案をもつて、その挙示した各事実から当業者の容易に推考しうる程度の技術の域を出ないものと評価判断したものであることは、本件審決の行文に、きわめて明らかなところであるからである。
(むすび)
三 以上詳説したとおりであるから、その主張のような違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、失当といわざるをえない。
〔編註その一〕 本願実用新案の要旨および審決理由の要旨は左のとおりである。
本願実用新案の要旨
別紙図面に示すように、中央に六角形部1を有し、その辺上に断面積の略等しい六個の六角形部2がそれぞれ互に接触し、その周辺上に五角形部3と扇形部4とが交番に配合された断面形状を有してなる面接触撚ストランド鋼索の構造。
本件審決理由の要点
本件審決は、本願実用新案の要旨を前項掲記のとおり認定したうえ、(1)中央に一個、その周囲に六個、さらにその周囲に十二個の素線を配置してなるストランド鋼索は本願出願前周知であり、(2)特公昭二九―七〇〇八号公報の第二図イには、中央に多角形部を有し、その辺上に断面積のほぼ等しい数個の扇形部が互に接触し、さらにその周辺上に数個の扇形部が互に接触するように構成された面接触撚ストランドが記載されており、(3)右公報中「発明の詳細なる説明」の項に「尚本発明の方法を撚線作業と組合せて撚線の各層毎に適用して同心的に圧縮した導体を製作し得る」と記載されている点からみて、ストランドの各部において断面形同一のものが製作できることは勿論であり、また、(4)ストランドの材質は、その用途により、当業者が適宜選択できることであるから、ストランドの材質用途の相違には考案の存在を認めることはできず、したがつて、本願実用新案は、右(1)、(2)、(3)、(4)から当業者が容易に考えられる程度のもので、旧実用新案法(大正十年法律第九十七号)第一条の考案を構成するものと認められないので、同条の登録要件を具備しない、としている。
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面
<省略>